『純・文学』は、統合失調症を長年抱える著者が、「症状の僕ではない部分」を必死に取り戻そうと書いた、生々しくて痛切な短編集です。
日常の何気ないもの——煙草、食事、読書、テレビ——が、欲望・孤独・自己嫌悪・浄化への渇望に変わっていく過程を、容赦なく描き出しています。
冒頭「かまきり蟷螂の産卵」では、蟷螂の雌が産卵後に雄を食べてしまう習性を、煙草を吸う行為やトンテキを刻む日常に重ね、男女の関係を背徳と肉欲の残酷な物語として見つめます。
女性を「自分を食い尽くす存在」と恐れる心理が、鮮烈です。
蟷螂の残酷な交尾シーンを思わせるイメージ。
「スイマーズハイ」では、部屋で一人テレビの水泳レースを見ながら、自分の中の激情を必死にコントロールしようとする。
ペースを乱さず泳ぐ選手に自分を重ね、快楽は勝利か敗北か?と問い続けます。
誰もいない部屋での「一人レース」の虚無感が、胸を締め付けます。
「ロシア文学」では、図書館の司書との淡い出会いをきっかけに、重厚な本に没頭する日々を描き、「登山家」ではエベレスト登頂のニュースに無関心な自分を責め、金にならない創作の蟻地獄に沈む苦しみを吐露します。
全体に漂うのは、孤独な部屋でくすぶる男の内面。
幻聴や妄想の直接描写は少ないですが、統合失調症がもたらす歪んだ視点が、日常を異様に痛く映し出しています。
これは心の垢を落とし、不純物を浄化しようとする、自己愛と最後に残る「愛」への闘いの記録です。
精神疾患を「怖い」と思う人ほど、読む価値があります。
「人間の心の奥底って、こんなに複雑で痛いんだ」と実感できる一冊。
著者の正直さが、静かに胸を打ちます。
この作品は「知らなかった内面の世界」を覗かせてくれる、忘れがたい本です。
ぜひ、手に取ってみてください。


