この物語は、統合失調症の当事者視点から「現実と妄想の境界」が溶けていく恐怖と、それを支える人間関係の温かさを、心理サスペンス風に描いた障害文学です。
当事者でありながら相談支援員として働く主人公・嬉野鉄平)が、担当利用者・斎藤真申の「4月1日、世界のすべてが嘘になる」という妄想に巻き込まれ、自分自身の存在や周囲の現実まで揺らぐ過程が、息苦しくも引き込まれる展開でした。
当事者ならではのリアリティ。注目して戴きたい箇所は、斎藤が抱える妄想が、ただの「奇妙な症状」ではなく、本人にとっての絶対的な現実として描かれている点です。
読み手も嬉野と同じように「これは本当か? 妄想か?」と混乱し、最後のどんでん返しで「ああ、全部……」と肩の力が抜ける構成が秀逸。
エイプリールフールという日付を巧みに絡め、笑いと恐怖、救いのバランスが絶妙です。
嬉野の「当事者として支援する側に回った自惚れ」と葛藤、睦のぶっきらぼうな優しさ、美里の穏やかで芯の強い存在感、鈴木所長の静かな見守り。
みんな「完璧な支援者」ではなく、足を骨折したり、結婚を隠したり、照れたりする普通の人々が描かれています。
そして統合失調症を単なる「妄想 vs 現実」ではなく、「支援とは何か」「当事者が当事者を支える難しさ」「世界が嘘になっても、誰かの温もりが救いになる」というメッセージが心に残しています。
美里の「私たちがエムになって、斎藤さんの願いを叶えてあげる」には、福祉の現場で忘れがちな「利用者の幸せを一緒に考える」本質が詰まっています。
嬉野の内面の描き方にリアリティーを持たせました。離人症の説明、剃り残しの髭を抜く癖、階段での転落後の混乱など、細かいディテールが当事者体験を生き生きと伝えます。
最後の「全部嘘だった」どんでん返しは、読後感を爽やかにしつつ、「本当の妄想の苦しさ」を間接的に浮き彫りにしています。
シリーズ3作目というだけあって、前の作品のモチーフとなった精神病棟やヤングケアラーなどで積み上げてきた「一人じゃない回復」のテーマを、福祉現場の日常に広げている感じがします。
フィクションでありながら、著者の実体験が基盤にあるからこそ、説得力があります。
統合失調症の症状を「怖いもの」としてではなく、その人にとっての真実として丁寧に扱っているのが、とても誠実で優しい作品に仕上がっています。健常者には「ただの妄想」と片付けられがちな世界を、嬉野や美里、睦たちが一緒に悩み、付き合い、最後には「嘘」で包んで救う姿に、希望を感じまられるでしょう。
特に、斎藤の「世界を終わらせたい」という叫びと、嬉野がそれを否定せずに寄り添おうとする姿勢。現実が崩れ落ちそうな恐怖の中で、美里の「大丈夫」という言葉が繰り返されるのが、静かな救いになっています。
読む人に「テンプレじゃない統合失調症」を伝えようとする姿勢が伝えることができればこの作品同様、他の作品にも描かれており、僕が伝えたいテーマでもあります。この作品も、その延長線上で「支援の現場」と「当事者の孤独」を繋ぐ大切な一作だと思います。
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