闘病中、SNSで友達になった青森の友人がいた。
青森と愛知で、どうやって仲良くなっていったのかは忘れたが、彼も精神障がい者だった。
僕が統合失調症という事を話すと、
彼は僕に中村ユキさんの「うちの母はトーシツです」という統合失調症の母親の事を娘目線から描いた漫画の事を教えてくれた。
その漫画には、障害年金の受給の方法や、デイケアの利用の仕方、統合失調症の仕組み、
などなどが書かれていて、トーシツ初心者の僕や家族には、目から鱗の著作物だった。
そして何より、
統合失調症の母を抱えた娘のバイタリティの強さに引き込まれるように僕はこの漫画を読んだ。
中村さんの書く統合失調症と言うと、
統合失調症は今でもネガティブなイメージが払拭されていない病気なのに、
あんな風にほのぼのとした描写で漫画として発信したのは、素晴らしいと思った。
その当時の統合失調症は精神分裂病と名図けられていた名残がまだ世の中にはあって、
世の中にも正しい知識が広まっていなかった為、
母も、僕が統合失調症である事を人には話さなかった。
僕が初めて病院で精神科を受診する時には、ひと騒動あった。
母の運転する車の助手席から、車が渋滞して止まった瞬間に、飛び出して、逆走をしたのだ。
それでも、母は何とか僕を病院に連れて行った。
やっとたどり着いた市立の病院の受付では、泣き叫び、暴れたのを覚えている。
青森の友人は、僕に中村ユキさんの漫画を送ってくれただけでなく、
他にも僕の為にしてくれた事が沢山あった。
NHKのバリアフリーバラエティ「バリバラ」で、統合失調症の事が特集されていた頃、
番組で統合失調症のドラマが放送された事があった。
その時は、それを教えてくれただけでなく、DVDで録画して、送ってくれた。
因みにそのドラマは「悪夢」というタイトルで、
芸人の松本ハウスのハウス加賀谷が出演されていたドラマだった。
ハウス加賀谷は、芸人だったが、統合失調症になった人だ。
彼は復帰後、コンビの相方の助けも借りて、芸能活動を再開した。
今では自身の統合失調症の体験を講演会で話してもいると言う。
逢坂 純著『僕の頭の中のぷっちょ』より。

