電話で応対してくれた職員の人は、今の就労支援施設の新しい所長になっていた。
そして、作業所の雰囲気も少し変わっていた。
コロナ禍にあるという理由もあると思うのだけれど、それだけではないような作業所の雰囲気だった。
再び入った就労支援施設は、365日稼働で就労訓練に力を注いでいるように思えた。
ポスティングの作業も、以前通っていた時よりもより頑張っている。
駅の構内の掃除も以前やっていたにも関わらず、毎回、緊張していた。
駅の清掃作業では、気にしなければ、気にならないような事をいちいち気にして、
自分一人で疲れてしまっていた時期があった。
車の座席の座る順番、掃除道具の運ぶ物について、清掃区域の決め方、
清掃が間に合わない時にヘルプに入って貰う心苦しさ・・、自分の中では重大な悩み事だった。
しかしそれも職員さん達と一つ一つ、問題を解決していけた。
一人では解決できない事も沢山の人の協力のお陰で、問題は解決出来ると、その時思った。
昔は病院で院外作業と言って、病状の軽い患者は入院中に、
病院の外で一般企業が患者を働かせてくれたそうだ。
今では考えられないような事のように思える。
しかし、その作業者の中には、当然、一般人はおらず、精神障がい者だけで働いていたようだった。
現在は、当時患者を働かせてくれていた企業は、障がい者雇用へとシフトチェンジを図り、
院外作業は無くなってしまったらしい。
院外作業が障がい者雇用に変わったという事は、
健常者に混じって精神障がい者が働くという事になるのだが、
僕が通っている作業所もこれからは、
障がい者雇用の為の就労訓練に力を入れていってくれるのだと思った。
B型事業所はあくまでも福祉サービスだ。
職業訓練以外にも、個々で目的は様々だ。
僕のように、他人に配慮する事が出来るようになる、もその一例だ。
A型B型施設で通所者に対して重きを置いている事は、
勿論仕事がしっかり出来ているかという事もあるが、
それ以上に「仕事に安定して通い続けられているか」という事だ。
僕は障がい者雇用で働き始めた。
僕は健常者の中で、自分の任された仕事を全うしなければならないのだと思った。
しかし自分は精神障がい者なのだから、難しい事は出来ないと初めから匙を投げいる帰来があった。
統合失調症でも、知的障害者でも健常者でも、仕事の大小は違うにしろ、その責任は同じだ。
知的障がい者の人が、従業員88人のうち63人雇用されている日本理化学工業株式会社というチョークを作る会社がある。
そこでは知的障がい者が仕事の戦力になっているという。
それは、彼ら彼女らが自分の仕事を全うしているからだ。
僕は周りから見ると、自分では自覚は無かったのだが、
自分の任された仕事を全う出来てなかったという評価だったようだ。
精神障がい者にとっての「就労」という事は、思ったより複雑で難しい事だと思った。
逢坂 純著『僕の頭の中のぷっちょ』より。

