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習作とは習練の意。

僕は毎朝、原稿用紙二枚の習作を書いています。習作というのは、習練(練習の意)の作品の事です。

ショートショートでも無いので、これらの習作に感動を求められても、恐れ多いです。

毎日、習作を書いていれば、小説を書く技術は上がるかも知れない。

でも、そこに感動まで見事に表すのは、至難の業です。

でも、そんな習作にありがたい事に感想を言って下さる人もいて、

嬉しい限りです。

そんな毎朝、僕の習作を観ていてくれる人に、

『ちょっと小劇場』のキジトラ猫のモモちゃんで癒しのプレゼントをさせて下さい。

これからも懲りずに見守ってやって下さい。

『習作とは習練の意』

きっと、家を出た時、どうやら無線で妻が僕の外出を本部に連絡したらしい。

毎朝の事だ。確実に妻は僕を監視している。

僕が車を走らせると、一台のパトカーと行き会う。

毎朝だ。毎朝の日課と言ってもいい。

パトカーの中のマスク姿の警官は、僕の顔を一瞥して、通り過ぎる。

僕は犯罪者ではない。殺人者でもない。僕の前で人も死なない。

それなのに、パトカーは毎朝、毎夕、僕を付け狙う。

勘違いだろうか?僕のただの妄想だろうか。

そう言えば、警官に一度も足止めを食らった事なんか無かった。

一度も僕は悪くなかった。

妻は開き直りだと言うだろうか?

それとも、そんな僕を静かに見下ろして、黙って監視しているのだろうか。

僕には妻に隠すような秘密は無い。

しかし、妻は僕に隠している秘密が山ほどありそうでしかない。

そんな妻とも結婚して50年。

彼女の行動にも、そろそろ慣れなければいけないのだが。

四半世紀、妻と一緒にいるのだ。

彼女の考えぐらい、察してやらなくてはいけないのだろう。

妻が毎朝、警察に電話していても。

妻が毎朝、警察に僕の車が盗難車だと告げても。

僕は静かに妻を見守るしかない。

今はそれしか出来ないのだ。

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