僕が20代で統合失調症と診断されて3年ぐらい経ったぐらいに、住み込みで新聞配達のアルバイトをやっていました。住み込みなので、朝は食事を用意してくれていたとても待遇が良い所長と奥さんもとても優しい人で、とても良い環境の職場でした。
しかし、そこでも妄想は酷かったのです。ちゃんと病気が治りもしないのに、住み込みのアルバイトをしたのが、間違いだったのだと今考えればそう思います。
僕は折角、所長の奥さんが毎朝作ってくれた食事を、一口も箸を付けないで残していました。
毒が入っていると思ったのです。住み込みで働く事になり、環境の変化に付いていけなかったのでしょう。それからは今居る家に両親と一緒に住んでいます。幻聴も妄想も未だにあるのだけれど、あの住み込みの新聞屋のアルバイトの時よりは、精神的にも安定出来ていて、良好な日々を過ごしています。
『妄想を本当の事だと思っていた』
その声に気付いたのは、男がコロナウイルスで帰省が出来なくなった夏休みの中頃の事だった。その声に気付いたのは、決まって台風の勢力の強い深夜の事だった。
その夏休みの夜は、男は大学卒業の為の補習授業のストレスの為に眠れぬ夜を過ごしていた。下宿のアパートは、築三〇年の土壁のボロアパートだった。僕は厚く塗られた土壁を背に、その夜も補習の予習をしていた。
男はそのお陰で、気が狂わんばかりだった。僕は背中の土壁から強い視線を感じた。
こんな噂話があった。それはこのアパートで起きた殺人事件の噂だった。二階の角部屋、そうこの部屋は30年前に、このアパートがまだ新築だった頃、カップルの男がその女性を殺したというのだ。死体は見つからず、事件は迷宮入りとなった。
このアパートに初めて入った時にも、大家はその噂に口を噤んでいた。
この土壁の奥には死体があるのだ。カップルの男に殺された女性の死体が。
日が経つにつれ、その疑念は頭の中で大きくなっていった。
「私をここから出して・・・」
頭に直接訴えかけるような声は日に日に増して来た。
僕は椅子の足を手に持ち、椅子を壁に力一杯、ぶつけた。
「出してやるからな!もうすぐだよ、もうすぐ出してやるからな!」
真夜中に電話のベルが鳴り響いた。
この騒ぎを聞きつけて、大家が電話を掛けてきたのに違いない。
外の嵐は勢いを増していた。
けたたましく鳴る電話のベル。
バチンという音と共に、部屋の電気が飛んだ。
男はそのどれもを無視して、一心不乱に壁に椅子をぶつけ続けた。
「もうすぐだ・・・もうすぐ出してあげるよ」 男の目は血走っていた。

