僕は統合失調症発症以前に、脚本を書くという趣味を見つけました。
そしてその後、統合失調症を疾病しました。
闘病生活の間にも、僕は脚本を書く事を忘れませんでした。
テレビも新聞も、観れない時期もありました。
アルバイトをしては、上手く仕事が出来ず、
早期退職ばかりしていました。
それでも、脚本は書き続けていました。
あれから20年経っているのですが、
今でもその意志は変わっていません。
『それぞれの信仰』
私は葛飾北斎。浮世絵師だ。
世間は言う。私の事を天才だと。
しかし、私にとっての浮世絵は、救いだ。
心の救い。
世間の皆は、私が浮世絵を楽しみながら、描いていると持て囃すが、
私の精神は病んでいた。
あれは私の心が病んでしまった以前の話だ。
あの時は、まだ私は元気で、全国各地を飛び回って旅行していた頃だった。
それがいまはどうだ。
精神は病み、そとにも一歩も出ないようになってしまった。
精神は病んだが、これまで行き倒れにならなかったのは、浮世絵という熱中できるものがあったからだ。
浮世絵と出会っていたからだ。
浮世絵を描いている間だけは、自分の精神は静かな水面のように落ち着いて、心は無になり、平静を保てた。
私には神や仏への信仰は無い。
それでも浮世絵を描いているときだけは、何かが私の心をすくい上げてくれる。
それで心が穏やかになるのなら、私はもう既に、神仏にわが身を委ね、知らず知らずのうちに、浮世絵に助けを斯うているのではないか。
それはもう、信仰と呼べるのではないか。
わたしは浮世絵を描く。
いつからだったか、分からない。
私にあの頃、浮世絵に出会わなかったら、今の自分はここまで成長出来たのだろうか。
私から浮世絵を今、取り上げられたら一体何が残るだろうか。
何が今さら出来るだろうか。
私だけの信仰。今はそれに縋りたい。

