おはようございます。逢坂純(おうさかあつし)と言います。僕は統合失調症という精神障がいを抱えています。
僕が統合失調症を発症した20年くらい前は、統合失調症と言うと、ネガティブなイメージが凄くあったのですが、今は統合失調症の障害受容が高まった事で、「統合失調症は才能だ」なんて言うポジティブな言われ方をするようにもなりました。
精神障がい者文学という言葉があるかどうか、分かりませんが、僕は統合失調症の僕だから書ける物語を書いていきたいと思っています。
何がどう精神障がい者文学かというのは、今でも試行錯誤中ですが、自分が持った統合失調症という精神障がいを800字の習作に書く事によって、自己を振り返りながら、作家になるという僕の自己実現の姿に到達出来ればと思っています。
『僕のリアル』
僕は家賃3万5千円の2DKの賃貸アパートに住んでいた。
田舎と言っても、2DKで家賃3万円代は破格と言えるだろう。
部屋の中には、ベッドと本棚とテレビの前には小さなガラスのテーブルが一つ。
書斎に使っている一部屋には書斎机とその上にノートパソコンが一台。
部屋にはカーテンは無い。朝になれば、太陽の光が目覚まし時計代わりだ。
テレビの中では、お笑い芸人がパイを顔にぶつけ合っている。
会場の観客がそれを見て笑う。
だが、それはテレビの中の現実味の無い、僕とは無関係な話。
僕はテーブルの上に置いてあるルイボスティーのグラスを床に落としてみた。
グラスは白い絨毯の上で倒れ、ルイボスティは零れ、絨毯に染みとなって広がって行く。
「あっ!」
これはバラエティ番組のパイじゃない。
お茶を零せば、リアルに床は汚れるし、リアルに慌てる。
そうやって時々、僕は絨毯の上にお茶を零したりする事で、自分の世界のリアルをテレビという錯覚から目覚めさせる為に、わざとする。
テレビドラマで逆上した主人公が、机の上の物を洗いざらいひっくり返したりするのを見て、何の感情も抱けないで感覚が鈍磨していく僕を、そのお茶を零すという行為は、ハッと我に引き戻してくれる。
たったそれだけで、僕の現実はリアルになる。
大事に至らないように僕は、現実に現実味を覚えなくならないようにと、そのような行動を始める。

