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サスペンス小説みたいな日常。

僕の他にもう一人、僕がいる!、そう考えたのは、大学を出てからの事でした。

僕は一年留年し、卒業アルバムの卒業写真を撮ったものの、卒業できなくて、またその次の年の卒業アルバムで写真をもう一度撮らなければいけなかったのですが、次の年に体調を悪くして、一年休学の後、自主退学をしてしまいました。

それは後に自分は統合失調症と分かったのですが、その時は自主退学の理由を体調不良としかしていませんでした。

話は戻って、二枚の卒業写真です。

一枚は僕が写っているのですが、もう一枚は空欄になっていたのです。

そこから僕の他にも僕がもう一人いるという妄想を何年も抱く事になっていったのでした。

サスペンス小説みたいな話ですが、本当に

そう思って長らく生きていたのです。

『サスペンス小説みたいな日常』

昨日、僕は仕事を休んだ、と思う。

じゃあ、誰だ?昨日、僕の代わりに駅清掃に行ったのは。

昨日、駅のトイレで死んでいた鳩の始末をしたのは誰だ?

昨日、同僚に「ありがとう」と言われた。

僕が鳩の死骸を片付けたそうだ。

僕は昨日は家で一人、熱を出して夕方まで寝ていた・・・筈だ。

自分の記憶が正しいのか間違っているのか分からなくなる。

まだ熱から覚めていないからなのか?

僕は本当は誰なんだ?僕は本当に僕なのか?

本当は僕の記憶は作られていて、僕以外の僕の方が本物なんじゃないのか?

昔、そんな映画を観た。

サンドラ・ブロック主演の『ザ・インターネット』だ。

彼女は誰とも会わず、ネットの中だけで、生きてきていた。

そして彼女は自分という存在を乗っ取られた。

結末は、彼女は自分を取り戻せた。

僕はどうだ?

結局のところ、また僕の妄想上の出来事なのか?

僕はちゃんと生きてるか?

僕はちゃんと走っているか?

それは僕の生きる社会が決める事。

僕が決める事じゃない。

だから、僕は今、何者でもない。

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