幻聴の事を幻聴さんとさん付けをして呼ぶのだと、統合失調症の何かの本で読みました。
幻聴さん、年上なんだろうか、年下なんだろうか、そんな事を幻聴は存在しない声なのにも関わらず、考えてしまいます。
僕の場合は、もうちょっとかわいい呼び方にして、ぷっちょと呼んでいます。
「あいつ、バカじゃねーの」とか、「しょうもなー」とか「無駄な事を」とか幻聴が聴こえると、
父は、高速で「ぷちょぷちょぷちょぷちょ」とぷっちょを連呼します。
もうそれはぷっちょではなく、ぷちょになってしまっています。
でも、それで気持ちが少し楽になります。
それが幻聴で嘘の声なのだと、ハッと我に返ります。
あと、「駄目だらー」とか「止めときん」とか幻聴が僕の住んでいる地元の方言、東三河弁で聴こえる時には、近所の人がそう言ってるとか、地元の友達がそう言ってるとか思ってしまうのですが、
そんな時にも父親が「ぷちょぷちょぷちょぷちょ」ともはや何を言っているか分からないと思えるようなスピードでそれは幻聴だよと言ってくれます。
母親は幻聴が三河弁なのだから、「あんたの中から生まれてる言葉なんだよ」と言います。
あー、なるほどなとも思います。
「幻聴さんの呼び方」
今日の朝、家を出ると、私の事を皆佐が佐伯さんと呼んでいた。
初めは、軽くウォーキングに行った春になると、桜並木になる川沿いの橋の上だった。
毎日、同じルートでウォーキングをしていると顔なじみも出来てくる。
「佐伯さん」
そんな時に言われた名前だ。
初め、誰の事か分からなかった。私を呼んでいるなんて思わなかった。
名前の呼び違いだと思っていた。
毎週火曜は、燃やせないゴミの日だ。
私は半透明に透けたゴミ袋を持って、ゴミ置き場にゴミ袋を置きに行った。
「おはようございます。佐伯さん」
まただ。また私は佐伯と呼ばれた。
いつも会うご近所さんなので、私は佐伯では無いと、波風立てないように否定した。
「何、言ってるのよ。佐伯さん」
私は今朝から疲れていた。昨日の夜も良く眠れなかった。
もう佐伯でもエノキでも、何と呼ばれようとどうでもよくなっていた。
それほど、朝から出会う人々に佐伯さんと呼ばれていたのだ。
ゴミ袋をゴミ置き場に置いて、家に帰るとエレベーターの四階にあるのが、私の部屋だ。
私はエレベーターを出て、私の家へと向かった。
どうして私が佐伯なんだ、そればかりが怒りと共に、頭を巡っていた。
408号室、四階の角部屋、私の家だ。
表札を見ると、佐伯というネームプレートが私の家に書かれてあった。
「私、佐伯だったんだ・・・・」
疲れた頭で、呆然とそう思った。

