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過去を顧みない男です

僕の作家になろうと思った経緯を今から、ちょっと間、聞いて下さい。僕は大学生時代、映画演劇研究部に入っていました。そこで自主製作映画も撮っていました。

大学4年の時に、新人シナリオコンクールという賞に初めて、送ったのですが、その作品は僕が当時好きだった映画の明石家さんま・大竹しのぶ主演・鎌田敏夫脚本の「いこかもどろか」という作品のモロパクリ的な作品になってしまって、一次審査も通りませんでした。

それでも映画が好きだったので、シナリオセンターの通信課程を受講し、脚本はその後もずっと続けて書いていました。20代、30代とそんな事を続けていて、40代で企業主催の小さな賞とか獲った事はあったのですが、全体の評価はあまり芳しくありません。

僕はシナリオセンターを辞めて、そこで漫画原作のクリエーターグループに入ったのですが、そこでそこの主催者の方から、「自分の好きな事を書いた方がいいよ、自分の詳しい事を書いた方がいいよ」と言われました。

僕の好きな事って何だろうと思って、思いついたのが、統合失調症だったのです。そこから統合失調症の事を勉強しました。自分の病気の事を知るのは、大切だと思いました。

そして僕は統合失調症の当事者を取り巻く、家族の愛情と絆を描いた作品を書こうと思いました。

そこで一緒に思った事は、賞に送るだけだと、賞の審査員の人にしか、作品を見て貰えない、もっと沢山の人に観て貰いたいと僕は思いました。だけど、脚本というのは、読みにくく出版するのなら、小説の形にした方が断然いいと思い、小説を電子書籍という形で出版しました。だけども、その結果、沢山の人に作品を読んで貰えたかというと、結果はあまり芳しくありませんでした。

やはり賞でいい評価を受けないと、人は作品を観てはくれないのだと思いました。そんな思いで今、奮闘中です。

今日も、習作原稿用紙二枚、書きました。お時間に余裕がある方は是非、読んで下さい。

「過去を顧みない男です」

僕には過去の記憶が無い。どうしてかは、分からない。

気付くと高校から前の記憶がそっくり分からなくなっている。

高校の修学旅行が、広島なのを卒業アルバムから知った。級友の顔を見ても、ピンと来ない。

僕は来月、この地を離れる。来月からシンガポールに転勤なのだ。

その前に、僕は自分の過去を知る必要があった。

僕はどんな生い立ちをしてきたのか、どんな人間だったのか。

両親は僕が幼い頃離婚して、僕は今は一人暮らしだった。

僕は高校の時の卒業アルバムを手に、出身校を訪ねた。

僕の担任だった人は、もう既に高校の校長になっていた。

校長は、僕を笑顔で迎えてくれた。

そして僕の事を、僕の近況を聞いて、喜んでいた。

しかし、僕の昔を話してくれる事は無かった。

僕は、校長の話を聞い終えて、まるでピンと来ない顔で、高校の校門を出た。

両親に会った時も、両親はそれぞれ僕を笑顔で迎えてくれた。必要以上の笑顔で。

けれど、写真は一枚も見せてくれなかった。

両親も、僕のシンガポール行きを、喜んでくれた。

しかし、僕の過去の話をするとお互いに口を噤んだ。

僕が訪ねる人は、皆僕を必要以上の笑顔で迎えるが、それだけだ。

必要以上の笑顔で。

そして僕の過去を誰もが口を(つぐ)む。

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