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統合失調症当事者はテレビを怖がる。

僕は統合失調症と診断された時、テレビが観れませんでした。

共感力が強かったのでしょうか。

いや、そんないいものじゃないですね、テレビの俳優が実は父や母、

僕の友人、知人たちのように思えたからです。

実際には、僕の周りの知り合い全ての人は、

テレビの中で姿を変えて、生活しているんじゃないかと思ってしまっていたのです。

昨日、たまたま観たアニメ『ドラえもん』で、

テレビに映るテレビの中の人に自分がなれるという道具のエピソードがやっていました。

ラストはジャイアンがテレビの中の動物園のゴリラになるというコミカルなオチでした。

今まで統合失調症の症状を文章にしても、伝わらない事が多かったです。

そして、それを創作物で表現しようとしても、全く巧くいきませんでした。

ドラえもんを見習いなさい、全て楽しいお話に満ちているのですから。

『統合失調症当事者はテレビを怖がる』

雨宮康史は、引き籠りだった。

康史の部屋のテレビは、常に点けっぱなしだった。

その前で、膝を抱えて、テレビを観ている康史。

部屋は乱雑になっていて、康史が座している周りは康史の生活感で満ち溢れていた。

テレビでは、子供向けのアニメが流れていた。

それを只、ボーっと眺めているだけのように、見つめる康史。

テレビの中の騒がしい猫のキャラクターとは、対照的な康史。

その朝も季実子は康史の為の食事を作っていた。

ベーコンエッグのサンドイッチ。

康史の好物だった。

季実子は手際よく、食パンにベーコンエッグを乗せると、その上にまた一枚、食パンを乗せた。

そして季実子は、サンドイッチ型にパンにナイフを入れた。

季実子は皿にサンドイッチを並べると、その皿を持って、リビングを出て行った。

季実子は康史の部屋のドアをノックした。

中からは返事が無かった。

「朝ごはん、出来たわよ」

季実子が部屋の中の康史に言った。

返事はなかった。

季実子がドアを開けて、部屋に入ると、康史は居なかった。

その存在もそこにいなかったかのように、そう、消えていたと言った方がしっくりくる。

テレビの前に人一人分のきれいに物が置かれていないスペースが今まで康史が居た事を思わせる。

テレビは点いていた。

ずっと、点いていた。

康史はもう居ない。

すっと、ずっと。

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