けれど僕は振り向かなかった。背後からは
僕を誘う可愛らしい声が聴こえて来た。
「待ってよ~、もっと遊びましょうよ」
黒く溶けたカラメルのような甘い味付けのした声が、僕を絡めとるように聞こえた。
だけども僕は振り向かない。
その声とは裏腹に、背中がヒリヒリと焼けてくる音がする。
実際に僕の背中は焼けていた。
業火の炎は僕のすぐ後ろまで、忍び寄って来ていたからだ。
「待ってよ~、遊びましょうよ~」
今度は先ほどの甘く軽やかな鈴の音のような笑い声は消え、オペラ歌手の低く唸る低音のような声が背後から聞こえて来た。
殺される・・・・!
僕はこのままでは奴に殺されるより他ないのではないかと思った。
僕は勇気を振り絞って、後ろを振り返った。
「!!!」
振り返るとそこには、無数の蠅が大きな手を形作って僕を掴もうとしていた。
僕は気を失いそうな位、息を吐く事が出来なかった。
僕が一瞬気を抜くと、その大きな握りこぶしは無数の羽音を立てて、僕を掴もうとした。
「・・・熱い!」
僕はその大きな掌に捕まれた。
僕は体の中から、それよりも熱い何かを感じた。
大きな掌は、手の形を崩し、雲散霧消に散り散りになっていった。
この体の中からほとばしる熱い何かは何だったんだろう。
この体温が無ければ僕は死んでいた。
それが情熱だと分かったのは、それから10年後の彼女と出逢った時の事だった。

