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僕は誤報が、すきゾ!

僕が油科さんの家に着いたのは、それから一時間後の事だった。彼女のアパート、こんなに遠かったかな?自転車のペダルは、思いのほか、重く感じた。

僕は駐輪場に、自転車を停めて、彼女の住む二階の角部屋へと向かった。

ピンポーン、一度ドアチャイムを鳴らした。

しばらくして、ドアが開いた。

中から強面の男が、ドアを開けて顔を出した。

「あ」

咄嗟の事で、僕は言葉が何も浮かばなかった。

男は表情を変えず、「君は、武田君?」と聞いて来た。

それは油科さんのお兄さんだった。年の頃から言ったら、僕と同じぐらいの齢に見えた。しかし、実際の齢は、もっと上だろうか。

「はい、僕が武田です」僕はお兄さんの目を見ずに言った。

「そうか」とだけ、油科さんのお兄さんは言った。

「あの、油科さんは……」

彼は僕の顔を侮蔑した眼差しで見た。

お兄さんは黙って、ドアを開けて、部屋へ入って行った。彼に導かれて、部屋に入ると、ベッドがキチンと整頓されてあった。あの夜、彼女と一晩を過ごしたベッドだった。

油科さんは、テーブルの前に俯いて座っていた。その顔に表情は無かった。

「幾つなの?」油科さんのお兄さんが僕に聞いた。

「21……です」僕は落ち着いて話しをする油科さんのお兄さんに圧倒されていた。

お兄さんは油科さんの隣に座り、「座って」と僕は油科さんの目の前に座った。

「こっちに」とお兄さんは僕に油科さんの前ではなく、自分の前に座るように促した。

僕は縮こまりながら、油科さんのお兄さんの前に座った。

「私は由紀子の兄の油科友和です」

油科さんは黙って、頷いたままだった。

「私たち、姉弟は親を早くに亡くして、今、頼れるのは、私達、二人だけなんだ」

僕は沈黙していた。

「私も妹も、高校卒業して、すぐ就職したんだ。かけがえの無い二人だけの兄妹なんだ」

三人の間に長い沈黙が流れた。僕はその沈黙に不安を感じていた。

油科さんのお兄さんは、長い沈黙の後、口を開いた。

「妹は、妊娠している」

「え?」

「相手はもちろん分かってますよね」

僕は一瞬に頭が真っ白になった。

「あ、あの、僕、実は統合失調症なんです。だからっ」

最悪のタイミングのカミングアウトだった。統合失調症だから何だと言うんだ。そんなのは、少しも理由にならないのは、自分でも分かっていた。不安でうろたえた僕を助ける言葉は一つも無かった。

「統合失調症なんですか」油科さんのお兄さんは言った。

「ハイ……」と、僕は俯いて黙った。

「確か、大学生と聞いていますが」

「あの……、今、予備校に通っています」

「工科大じゃないの?それは、妹を騙したって事ですか?」

僕は言葉に詰まった。

「いえ、決してそういう事じゃなく……」

僕はしどろもどろになっていた。

「あなたは妹の事、どう責任を取るつもりですか?」油科さんのお兄さんは言った。

「ちゃんと、調べたんですか?」

気付けば僕はつい、保身の言葉を吐いてしまっていた。

「病院には、行ったの?」油科さんに僕は問いかけた。

「それがあんたの言い分か!?」

弟は胡坐を掻いて、拳を握った。

僕は油科さんに助けを求めるように、油科さんの顔を見るばかりだった。油科さんは僕を助けてくれるわけもないのに。

「責任はどう取るつもりなんだ」

「責任って……言われても」僕がそう言うと、弟は立ち上がって、拳を振り上げた。

「やめて!もうやめて!」

僕が弟に殴られそうなその一瞬前に、油科さんが言った。

「嘘なの。全部嘘なの。私、妊娠なんかしてない!」

「う、嘘?!?」

僕と油科さんのお兄さんは同時にそう言っていた。

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