僕は優作が好きだ。だけどそれは別に愛してるとかじゃない。よってカミングアウトしている訳でもない。
スキゾフレニア、僕の病名だ。精神障がいなのだ。僕の頭の中で、コップに入った水が表面張力で膨れ上がり、それが飽和量を超えて、溢れ出す。脳みそが頭から溢れ出すように、だ。何も考えられず、何も行動出来ず、頭からは脳みそが溢れ出すのだ。そして同時に、ポップコーンを僕は作っている。ポップコーンは見事に弾け、ポンポンと音を立てる。音が立たなくなって、ポップコーンは完成する。
だが、袋を開けてみると、銀紙の底にこびり付いている茶色いポップコーンのなりそこないがある。それは底を掘っていけば、幾つも幾つもある。それは頭のバグと一緒なのかも知れない。
その症状は10人いれば10通りの症状があるので、僕と一緒の病気だとしても、一緒の症状では無い事も多い。
僕は、高校一年生の時に、今の病気を発症した。その為に高校一年生の時は、丸々一年間、学校を休学した。
その時の僕は、外の景色を見る余裕も無く、
僕と同い年の若者が青春を謳歌しているのを羨ましがる元気も無かった。
別に孤独が嫌だった訳じゃない。一人で行動するのも何ら苦になっていた訳じゃなかった。
病気の当事者が抱える悩みは人それぞれだったが、僕は一人教室で孤独でいて、皆の視線が僕に向けられるのが、辛かった。だから僕はいつも皆の視線から逃れるように、一人で教室の隅にいた。
他の生徒からは「兄貴!」という呼ばれ方をしていたが、留年したのに同級生からそうやって慕われるのは、はっきり言って僕は悪い気はしなかった。僕のそんなご満悦状態を打破したのが、松下優作だった。彼は僕の事を「なあ武田」と声を掛け、机の上に滑り乗った。
「お前、馬鹿にされてるだけだぞ」。
この先、僕と親友となっていく男だった。こいつはふた昔以上前に流行った学ランの下に真っ赤なTシャツ、紫の長めの靴下を履き髪型はリーゼントといった不良だった。
僕は慌てて席を立った。その僕を追い掛けて優作は僕に着いて来た。彼から逃げるのに必死で昼からの授業を欠席してしまった。
彼との出逢いはそんな風に始まった。
彼にはよく、昼ご飯の購買のパンを買ってくるように10円を渡されたが、僕はそれを、ことごとく断った。彼は諦めずに、僕に10円を毎日渡し、そして僕は毎日彼から貰う10円を貯金箱に入れた。あとで分かったのだが、それは彼なりのコミュニケ―ションの手段だと分かった。
彼と共通の趣味が出来た。それは映画だった。
彼とはその頃から、授業を抜け出し、映画を二人で観に行った。
僕は彼を好きになっていった。高校で一人ぼっちだった僕を救ってくれた優作。
僕は優作の事が好きになった。
だけどそれは、別に愛してるとかそんなんじゃない。よってカミングアウトをしている訳でもない。
僕は彼に高校生活をエンジョイしてもらいたいと、SF映像研究会、略して映像研に入部した。その時の顧問が鬼の鬼頭、映像研の顧問だった。
映像研には顧問の鬼頭を含めて部員(鬼頭は顧問なので、正確にはカウントされないのだが)、三人しかいなかった。
だけども、映像研に入った事で、そして僕のお陰で、彼は留年してもグレる事なく、高校を無事、卒業出来た。
それも何もかも僕の働きあっての事だった。

